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誕生日

11月17日は、1歳のお誕生日だから旦那さんも有給をとって
仕事を休み、Mちゃんも保育園をお休みして
1年前を振り返りつつ三人で一緒にいました。

夕飯に三人でお祝い。
簡単だけど、一応お誕生日っぽく可愛く盛り付けた。
(つもり)
このお皿、モザイクかけたところに名前が書かれていて
ブラウンの里親さんが出産のお祝いに送ってくれた物。
やっと使えるようになりましたー。
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・トマトリゾット ・鶏肉ハンバーグ ・ブロッコリー&ニンジンのコンソメ茹で
・角切りさつま芋&かぼちゃ

鶏肉ハンバーグは、硬くなっちゃうか心配だったけど、
お豆腐とはんぺんを混ぜてMちゃんがモグモグできるくらいに仕上がった。
我ながら上出来。

11月18日が結婚記念日なのでついでにお祝い。
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両親から贈られてきたシャンパンで乾杯。


Mちゃんも、ささどうぞ~。
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興味はあるけど、お皿ばかりが気になってしまって
自分で持って食べることをしないMちゃん。
手に持たせるとやっと口に運ぶ感じ。
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でもねぇ、うまく口に入らないとすぐイヤになっちゃうみたいで
手に持ってる物を捨てて、食べられないとアピールします(汗)
だから今のところ自分で食べるというよりも、まだまだ食べさせている状態。

2/3を完食。


ケーキもありまっせー。
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ホットケーキミックス(卵なし、牛乳大目)+バナナを、
水切りヨーグルトでコーティング。

ハッピバースデーツーユ~♪
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ローソクの火が気になっちゃう感じですか?(笑)
ホットケーキミックスは初体験だったので、念のために3口くらいで終わり。


1年早かったなぁ。
本当ならまだ10ヶ月のMちゃん。
多少なりとも行動や成長の遅れはあるものの、
特別問題はないと先生から言われるくらい元気に育っています。

元気に育ってくれてサンキューMちゃん☆
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by aokozu2 | 2015-11-24 16:17 | 育児

*追記あり 2014年11月17日(月) から18日(火)にかけて

主治医の先生が出血の原因を突き止める処置を
病室を出たり入ったりして行っていた。

その合間合間に旦那さんは病室に入る事を許され
旦那さんと会う。
すでに輸血もしていて、面会時間の20時なんてとうに過ぎている。
血小板の輸血をして出血が止まるのを待ってみたりしたけど
出血は一向に止まる気配はない。
(だって下から何かが出ている感じはずっとしていたもん)

大量に血がなくなっていたせいか、口がカラカラ。
喉もカラカラ。
でも、水を飲んだらまた吐き気がくると思って飲まず、
とにかくうがいをして口を潤し息を吸いやすくしたかった。
申し訳ないと思いながらも、何度も助産師さんがにうがいがしたいと訴え
介助してもらう。

血も止まらず、原因もわからぬまま小康状態が続き、
18日に日付が変わった頃旦那さんは先生と話して
一旦帰宅することに。
(出血をしながらも血圧は高めだったらしく、
死ぬような感じではなかったから帰宅することになったらしい。
これで血圧が低かったらヤバかったみたい。)

旦那さんが帰宅した後、出血の原因を突き止める為に像影検査をすることになり
何だかよくわからないけど紙に署名をさせられた。
こんな時に本人に署名させることに驚き。
内容なんてまともに見てないし、字だってまともに書けないって。

検査室に移動し、点滴で検査の為の液体を入れたら
先生の説明の通り一瞬本当に体が暑くなった。
(先生に何て説明されたかは覚えていない。)
検査の時も平均台に乗せられたような不安定感がまた。
検査台を動かしたり止めたりして検査をしたんだけど、
その衝撃といったら。
帝王切開した傷が痛いのなんの。
さらに、技師の先生から
「息を大きく吸ってー、吐いたら息を停めてくださーい」
との指示が度々出るんだけど、正直言って無理。
大きくも吸えないし、OKが出るまで息を止めるなんてもっと無理。
止めてるつもりが苦しくて普通に呼吸しちゃってた。

検査の結果どこから出血しているのかがわかり、
カテーテルで止血することが決まる。
検査室から病室に戻り先生からカテーテルの手術をする説明をされ
旦那さんに連絡してすぐ来てもらって下さいと言われる。
(内心、本人に電話させるんかーいっ)

自宅からどのくらいかかりますか?
と聞かれたたので30分くらいだと答えると
「それじゃあ遅いなぁ」と先生はブツブツ。

電話をかけたはいいけど、まともに話せず先生にかわる。
(内心、最初から先生がかけてよーっ)

旦那さんが病院に到着して18日の午前3時頃、
手術室だったのかどこだったのかに移動し、右足の付け根からカテーテルを入れて止血。そして出血がやっと止まる。
旦那さんも助産師さんも驚くほど真っ白になっていた唇の色が
カテーテルの手術をして病室に戻った時にはずいぶん元の色に戻っていたらしい。

涙こそ出なかったけど、病室に戻って旦那さんの顔を確認できた時の
安心感は半端なかった。
病室に戻ってから私の覚えている旦那さんの第一声は
「地獄を見たな」だった。

そこからしばらくの記憶がなく、
次に覚えているのは呼ばれて目を開けると
両親、末妹、義理両親が病室に揃っていたこと。
(あれ、義理両親がいない時に私の両親と末妹だけに会った気がするなぁ。
その時に旦那さんに氷が食べたいと訴え
助産師さんに氷をもらって旦那さんに食べさせてもらったような気が)

そしてまたしばらくの記憶がなく、次に目を開けると旦那さんだけになっていた。

この日であと覚えているのは、体から血だけでなく
水分もなくなったかのように硬い鼻水が喉にまわって
痰が喉から出せずに嗚咽で苦しかったこと。
体が暑くてこれまでにない寝苦しさで変な夢ばかり見て眠れなかったこと。

そうそう、カテーテルを通した右の足は次の処置まで曲げてはいけなくて、
相変わらずふくらはぎについている器具と共に動きづらい、
というか動けなかった。

といったところでしょうか。
あとは徐々に徐々に回復していって、
ご飯も少しづつ食べれるようになっていったって感じです。


あー長かった。
やっと書けた。
去年の今振り返り日記はこれにて終了。
(写真も乗せたいのだが、家のネットが繋がらないので
後日追記しまーす)

<追記>
家のネットワークが遅すぎるー。イライラする。
写真と共に少しだけ追記します。

Mちゃんを出産したのは妊娠31週3日目。
1390g、肺の機能が未熟だった為NICUで酸素の管と
ミルクの管を通していた。
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帝王切開で出産をして、病室に戻ってのんびりしている時。
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出産後に大量出血したのは、入院初日に主治医の先生から説明された
高血圧からくる合併症hellp症候群になりかけてしまっていたとのことだった。
最終的な出血量は7000cc。

小康状態が続いて一旦自宅へ戻った旦那さんがhelp症候群について調べたら
死亡率が3~4割と高く、自宅へ戻った事を後悔したらしい。
(ほんとに死ななくてよかった)

11/14(金)に入院して、11/17(月)に出産して、
回復してきたから11/23(日)に個室から大部屋に移動、
血液検査の結果などから11/27(木)に私は無事退院。

大部屋では窓際のベッドで明るい外が見れて嬉しかった。
でも、大量に出血したせいかどこか自分の体でないような感じで、
地に足がついていないような自分で歩くのがしんどかったな。
目も今のように見えなくて、このまま見えなかったらどうしようと焦って
先生に何度もまだ目が見えづらいと訴えた。
手をかざして見てみると、手のひらの部分だけすっぽり抜けて見えて、
指が宙に浮いているような状態で見えていた。
毎日同じように手をかざして目がちゃんと見えるか自分でテストしたけど、
入院中は元のように見えることはなかった。
(今は前のようにちゃんと見えてます。これも大量出血のせいらしい。)

退院したのはいいけど、自宅に戻ってやはり体力不足&血不足で思うように体が動かず、
今じゃ考えられないけど、食事もとるのが億劫なほどだった。
ていうか、昼間一人だし冷凍ご飯をだけをチンして食べるだけ。
それも食べているうちに座っているのも、口を動かすのも疲れちゃって完食できない。
数日はお母さんに来てもらったんだけど、やっぱり旦那さんが気を使うだろうと思い
退院した翌週からは実家でお世話になることにしてMちゃんの面会は
週末だけ行くことにした。
実家に帰っていたのは2週間。
その間は旦那さんが仕事を早く切り上げて毎日Mちゃんに会いに病院に通ってくれていた。

実家にいる間辛かったのは、お風呂に入れなかったことかな。
ちょうど今くらいの時期で、お風呂につからないと寒くて寒くて。
毎日実家のお父さんがお風呂上りに半袖でホカホカになっているのが
羨ましくて仕方がなかった(笑)
帝王切開の傷も思ったより痛いのが長引いて歩きづらいのもあった。
Mちゃんが退院してきた2015年1月10日頃にはずいぶん動けるようになっていたけど。

さてと、出産日記はほんとにこれで終わり。
Mちゃんも元気に1歳を迎えることができ、
入院していたのがつい昨日のように思い出せるくらい早い1年。
しんどい時もあったけど、幸せな1年だった。

(そうだー、今更ながら思い出したことが。
食事には気を付けていたって最初に書いたけど、
気を付けていたのは平日だけで、
つわりが終わって体も動くようになってからは週末の度に
子供連れではなかなか行けないようなお店に行ってガッツリ食べていたっけ。
二郎系のラーメンだったり、ジューシーハンバーグだったり、、、。
結局、塩分を取り過ぎていたのかも。。。。汗)
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by aokozu2 | 2015-11-18 17:21 | 出産

2014年11月17日(月)

その後、時間は覚えていないけど、呼ばれて目を覚ますと主治医の先生がいて
もう体がもたないから早朝から手術をして赤ちゃんを出しましょうと言われる。

そうだ思い出した。
「旦那さんに連絡して下さい。旦那さんとはすぐに連絡がつきますか?」
と言われて、もうすぐ出勤しちゃうじゃん早くしなきゃと思ったんだ。
てことは、先生と話したのは7時少し前だったのかな。

後から聞いたらすでにスーツに着替えてあと5分くらいで
家を出ようと思っていたところだったらしい。
それから大急ぎで病院に来てくれたんだろう。
助産師さんにカメラを持って来てくれれば産まれた直後の写真を撮りますよと
前から言われていた旦那さんは、こんな急な事態でもカメラを忘れずに持ってきた。
エライ!

旦那さんが病院に到着するまでの間に、しばらくの間トイレに行かなくてもいいように
オシッコの管をつけられる。

旦那さんと病室で会って、ベッドに寝たまま手術室に運ばれて
(旦那さんはそのまま病室で待たされる)
新生児科の先生とか、他の看護師さん達も手術室にいたんだろうけど
麻酔の先生が印象的でその先生のことしか覚えていない。

手術室に運ばれる時、この日担当だった助産師さんが
「主治医の先生は手術早いからね、すぐ戻って来れるよ」
って言ってた。

ベッドから手術台に移された時は妙な感覚だった。
平均台のような細い所に寝かされた感じで恐かった。

麻酔科の先生に麻酔の説明を受け、背骨のあたりに注射をするから
ダンゴムシのように背中を丸めて下さいと言われたから
体を丸めたら手術台から落ちそうだったらしく
「あー危ない危ない!」と言われた。
(やっぱり平均台みたいにめっちゃ細い台なんじゃ、とさらに思う)

背中に麻酔を打ち、名刺のような角のある紙で下半身をつついたり、
上半身をつついたりして麻酔の効きを確認された。
(ちなみに、この時の麻酔は下半身麻酔でした)

麻酔が効いて手術開始。
すぐに赤ちゃんが出てきたような気がするんだけど、
コウノドリみたいに
「赤ちゃん出るよ~」とか先生言ってたかなぁ。
でも、女性の先生が
「胎盤出まーす!」と言っていたのは覚えてる。

手術室に何時に入って、何時に出て来たかは覚えていないけど
2014年11月17日 8時6分 Mちゃん誕生

新生児科の先生が確か二人でMちゃんの処置をしていて、
Mちゃんの初の鳴き声を聞いて、
抱きますか?と聞いてくれたんだけど
涙が出そうで恥ずかしかったのと、平均台に乗っている感覚があったから恐くて
「いーですいーです」と拒否してしまった。
(これは猛烈に後悔。この時はもう二度とないのに)

旦那さんはNICUに運ばれていくMちゃんと初対面したらしい。
そして私も病室に戻ってきてとりあえず一安心。
しばらく平和な時間を過ごしたけど、背中に通した麻酔が少しだけ漏れていて
麻酔科の先生がやってきて結局麻酔を抜く処置をした。

手術前だったか、手術から戻ってきてからだったか忘れてしまったけど
血栓が出来ないように膝くらいまで浮腫み取りのような靴下と、
加圧トレーニングで使うような圧がかかったり抜けたりするような
器具をつけられてベッドの中でもとても動きづらい。

そこから数時間の記憶が抜けてるんだけど、寝ていたのだと思う。
旦那さんが撮った写真を見ると
16時代にNICUでMちゃんの写真を撮っているから
大量出血で私の体調が急激に悪くなったのは夜に近づいた夕方からだったのだろう。
この日担当してくれた助産師さんに後から聞いた話では、
最初に産褥パッドを交換した時にすでに300ccほどの出血があったから
驚いたってことだったけど、その時はそんな事全然わからなかった。
そんなに出血しているなんて自分では感覚がなかったし、
明らかに下から何かが出てると感じたのは急激に体調が悪くなってから。

産褥パッドの交換の度に大量の出血があったせいか
主治医の先生や手術の時にいた女性の先生、
助産師さんも何人も病室に出たり入ったりとても慌ただしかった。
そして急に気持ち悪くなって吐きそう、吐くと思い助産師さんに
「吐いちゃうかも」と伝えると、小型の洗面器のような物をもってきてくれた。
それからは嘔吐が止まらない止まらない。
二日酔いの時の感じにとても似た吐き気。
吐き気が止まらず、吐く度に
「これで最後だ、これで最後。これを吐いたらもう気持ち悪くならない」
と何度も思った。

でも、また吐き気はやってくる。
何度吐いた時だったか、背中をさすってくれていた助産師さんに
「なんで吐き気が治まらないのぉぉぉぉ」
と、吐きながら聞いていた。
もう何でもいいから誰か早くなんとかしてくれという思いだった。


遅くなってしまったので続きはまた明日にでも。
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by aokozu2 | 2015-11-17 23:57 | 出産

2014年11月16日(日)

去年の今日、入院三日目。
(この日だったか前日だったか、胎動をあまり感じず心配で
助産師さんに頼んでモニターをつけてもらったこともあった)
朝一の血圧は上が148、下が90。

朝から妹達・母から体調を心配したメールがじゃんじゃん届く。
ICUだけど、個室でよかった(笑)
お昼くらいには旦那さんが面会に来てくれた。

冷たくて甘い物(果物とかゼリーとか)が食べたかったんだけどダメだし、
先生に確認してトマトはOKをもらったので旦那さんにミニトマトを持ってきてもらって
病室の冷蔵庫で冷やす。

過去のメールを読み返すと、入院初日よりも徐々に体調が悪くなっていたようで、
旦那さんに
「冷えピタを買ってきて欲しい」
とメールを送ったり、
妹には
「動かないからかお腹がすかなくて白米の量を減らしてもらった」
とメールを送っていた。

そういえば、入院中はいつも暑くて寝苦しかったなぁ。
夜中でも2~3時間おきに血圧測定があるし。
ウトウトしたと思ったら測定の時間みたいな。

病院の食事は美味しくないと良く聞くけど、私は全然普通に美味しく頂いてました。
食べる事がだーい好きだからご飯の量を減らしてもらうなんて、
今思うと体の限界(出産)が近づいてきていたんだな。

16日のメールは、千葉で助産師をしている高校の友人に
20時くらいに送ったのが最後になっていた。

この時点ではまだ帝王切開をいつするのかは決まっていなかった。
血液検査の結果と、血圧の数値を見ていつするのか決めるといった感じ。

が、徐々にその時は近づいてきていた。
16日から17日に日付が変わった頃だったか、もう少し前だったか、
胃が炭酸を飲んだ時のように張って痛いとこの日担当してくれていた
助産師さんにかるく伝える。
その後、トイレで便をした時に予想外の嘔吐。
トイレに貼ってある張り紙
【気分が悪くなったらナースコールを押してください】
の通りに、気が動転してナースコールを押す。

助産師さんがトイレのドアをノック。
慌てて便を流す。
助産師さんに嘔吐したことを伝え、抱えられながらベッドに横になった。


続きは17日の記事に。


(先日載せた足が浮腫んでいる時の写真。
ビフォーアフターみたいに今の足と比べてみました。
まぁ、どっちも太いんだけど・・・)

ビフォー2014年11月6日
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アフター2015年11月16日
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by aokozu2 | 2015-11-17 00:01 | 出産

一応終了

初めての慣らし保育を終え、無事帰ってきています。

Mちゃんとバイバイして、一人で朝食を食べ、
ぶらっと買い物をして、11時より少し早いけどお迎えに。
保育園の前に着き、11時までは外で舞っていようと思っていた。

でも、Mちゃんのグスングスン・ギャーギャー泣いている声を聞いたら
11時まで待てずインターホンを押してしまった。

園長先生に抱かれたMちゃんは、
鼻水垂らしながら大粒の涙をいっぱい流していた(泣)

園長先から私の元に戻ってぴたりと泣き止む。
(おーよしよし、なんてカワユイの~)
よく頑張ったよ、えらいえらい。

園長先生から聞いた2時間の様子は、
バイバイした後しばらくは赤ちゃん椅子に座って
他の子達が遊んでいる様子を珍しそうにじーっと見ていたそうだ。
30分くらいはお昼頃して(驚き。初めての場所で寝るなんて)
徐々にお母さんがいない寂しさに気づいて後半はずっと泣いていたようだった。

最初はみんなこんな感じだそうだけど、
やっぱりあんなに泣いてる姿を目の当たりにすると
可哀想で仕方がない。
これでよかったのかどうかまた悩んでしまいそう。。。

なにわともあれ、今日はお疲れ様でした、Mちゃん。

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帰ってきてお昼も食べて、おもちゃで遊んでいるMちゃん。
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by aokozu2 | 2015-11-16 15:38 | 育児

胸のあたりが

今日は、Mちゃん初登園日。
さっき保育園に送り届けて、今は一人でカフェで朝ごはん中。

じっくりハグしてからバイバイしたかったけど、
ぐっと堪えて先生に託してさって出てきた。
そうしないとMちゃんも何かを察して離れた時に愚図るだろうし、
私も泣きそうだし。

Mちゃんをおろして、誰もいなくなった抱っこ紐をつけて歩いてると
胸のあたりがスースーする。

今月いっぱいは慣らし保育期間で、今日は11時にお迎え。

昨日、旦那さんはMちゃんに
「明日は楽しんで来いよ」
と声をかけていた。
私は不安と寂しさから
「頑張るんだよ、頑張っておいで」
と声をかけていたけど、なるほど。
「楽しんで」って言葉の方がいいかも。
私もMちゃんも、不安よりも一日一日を楽しめばいいんだな。

たまには良い事言うじゃんか、旦那。

Mちゃん、おもちゃで遊んだりしてるといいなぁ。

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by aokozu2 | 2015-11-16 09:54 | 育児

2014年11月15日(土)

去年の今日は、入院二日目。

この日は、千葉から私の両親が必要な物を買い揃えて
お見舞いに来てくれた日。

いろいろ差し入れも持ってきてくれようとしていたみたいだったけど、
血圧が高い為に病院の食事以外はNGだったので
【ブタに食べ物を与えないで下さい】
状態でした(笑)


この時はまだいつまで入院になるか全くわからなかったから、
毎日仕事の帰りが遅い旦那さんだけで犬猫の世話は負担が大きいと思い、
犬2匹を両親に連れて帰ってもらって
しばらく実家にお泊まりしてもらうことに。

前日からしている血管が痙攣しない為の点滴のせいか
体がダルくなっていたようで、
過去のメールを読み返すと
「ダルい。昨日よりすごいダルい。昨日シャワー浴びておけばよかった」
と、旦那さんに送ったメールが残っていた。

ちなみに、この時点で入院していた部屋は個室で、
トイレ、シャワー室、全面台が全てついていて
そこそこ広かった。
窓がなくて天気や昼夜の違いがわからなかったのが残念。
扉の向こうにはいつも看護師さん達が数人はいたみたいで
話し声が聞こえてたから夜も恐くなかった。

この日は特に何事もなく、両親にも会えたし、
旦那さんも面会時間終了までいてくれて
平和な入院二日目でした。



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by aokozu2 | 2015-11-16 00:25 | 出産

2014年11月14日(金)

去年の今日、実は、本当だったら
出産前の最後の旅行に行こうと計画していて、
那須高原の犬達と泊まれるドッグラン付きのコテージを予約していた。
なので、運よく旦那さんも元から有給をとっていたのだ。

が、もちろん旅行なんて行けず、大学病院に行きました。
11時までに来てくれればいいよと言われていたので
朝はゆっくりした気がする。

クリニックからもらったまめ太の里親さん宛の紹介状を受付にだして、
産婦人科で受付をして、まずは体重と血圧測定。
念のため朝食は食べずに来てと言われていたので
食べてなかったのに、前日にクリニックで計った体重より
更にアップしていて驚き。
ていうか、自分でドン引き。

更に血圧、上が184、下が107!
自分の目を疑った。
(ちなみに、妊娠初期の血圧は上が104、下が63)

産婦人科の受付の人に130以上の数値が出たら再計測してと言われたので
もちろん再計測。

2回目、上が176、下が106。
またもや自分の目を疑う。

何だかよくわからなくなっちゃって、結果をそのまま受付に。
しばらく待って診察室へ。

この時の先生がお世話になった主治医の先生。すでにまめ太の里親さんから私のことを聞いていたみたい。
物静かな感じで話す先生で、表情から感情を読みづらい先生だったなぁ。

エコーとか一通りの診察をした後、即入院と言われる。
高血圧のこと、1週間以内に赤ちゃんを出すことになること、
赤ちゃんの肺がまだ未熟なこと、
高血圧からくる合併症が危険なことなど。
先生は、NICUに連絡をして赤ちゃんが入れるかどうかの確認もしていた。

診察が終わってからどうやって入院していた部屋に行ったのか覚えていないんだけど、
朝から何も食べていないからお腹がすいちゃってすいちゃって。
ICUに入って、持ってきた寝間着に着替えて、
助産師さんが血管が痙攣しないように点滴してくれたりしている時に
まめ太の里親さんがICUまで私の様子を見に来てくれて
何かホッとしたのを覚えてる。
で、まめ太の里親さんにお腹がすいたと訴えた私(笑)

それから、赤ちゃんの肺の成熟を促す注射を打って、
お昼を食べれたのが14時くらいだったような。

その後何してたんだろ。
旦那さんに足りない物を買ったり、取りに行ったりしてもらって、
面会時間が終わるまで旦那さんとたわいもない事を話していたんだろうな。

この日はシャワーを浴びずに、人生初の入院で
あまり眠れない夜を過ごしたのでした。

(夜中も数時間おきに血圧測定をしに助産師さんがきてくれたんだけど、
夜中に更に血圧が上がってしまい薬を服用した。)
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by aokozu2 | 2015-11-14 21:37 | 出産

2014年11月13日(木)

去年の今日何をしていたかというと、、、

前日に仕事の最終日を無事迎えて、職場の仲間達と食事をして帰り、
産休初日の2014年11月13日は検診日。
朝はゆっくり起きて、
犬達の散歩に行って、洗濯して、
掃除して、、、。

と、検診の時間に間に合わなくなりそうで、
掃除機をかけている途中でほったらかして急いでクリニックへ。

検尿→血圧と体重測定。
体重が1週間で3kgも増えていた。
(体重の事はすごく気にして家でも毎日計って、
日に日に増えるから食事を減らして、食べる物も気をつけていたのに)

エコーで見るMちゃんは元気にしていて一安心。

後は、体重の事で助産師指導があるくらいで帰れると思っていたのに、
呼ばれた先にいたのは先生でした。

さほど驚きはなく、この時期からは先生がいろいろ話をするのかなぁ
くらいにしか思ってなかった。
(ちなみに、このクリニックは、助産師さん達がいろいろやっていて、
妊娠初期の触診とか、こっちから聞きたい事があった時くらいでしか
先生とは会っていない)

が、先生から言われたことは、妊娠高血圧症になってしまっていて
妊娠中断でしか妊娠高血圧症は改善されないので
早急に出産になる。
その対応はクリニックではできないから総合病院か
大学病院に転院を。

って話でした。
先生が転院先の病院を探している間待合室で待っていて、
慌てて旦那さんに電話したり、まめ太の里親さんに連絡したっけなぁ。

旦那さんには午後休とってもらったり、
まめ太の里親さんがいろいろ動いてくれて
まめ太の里親さんが勤務している大学病院を翌日に受診することが決まった日。

家事なんてしようと思わず、くれぐれもゆっくり寝ていて
とまめ太の里親さんに言われたので、掃除が途中だったから
やりたくてウズウズしたけどやらずに、
旦那さんが買ってきてくれたお弁当をお昼に食べて、
入院になってもいいように準備をしてゴロゴロ過ごしていた
そんな日でした。


去年も載せたけど、体の浮腫みがひどくなってきてからは
こんなお弁当を作って会社で食べていた。
なるべく質素に、味も薄く。
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by aokozu2 | 2015-11-13 20:31 | 出産

2014年11月12日

そう、去年の今日は、仕事の最終日。

明日から通勤電車乗らなくていーんだー
っていう清々しい解放感と、
職場の仲間達に会えない寂しさと。

でもやっぱり解放感の方が勝っていて、
出産予定日までの2ヶ月あまり何をしようか
ウキウキしていた頃。

妹や、お母さんと新宿あたりでランチしよう♪とか、
一人で映画を見に行こう♪とか、
ペン字でも習って字をキレイに書けるようにしておこうとか、
頭の中の予定は満載でした。

それと同時に、足や顔の浮腫みがひどくて、
特にふくらはぎから下なんて酷いなんてもんじゃなく、
まさに象の足。
常に足を上に上げていたい状態でした。


そんな去年の今日でした。

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by aokozu2 | 2015-11-12 20:43 | 出産